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Libertyze (リバタイズ) 〜進化した自己啓発メソッド〜

ブログタイトルの”Libertyze”(リバタイズ)とは、自由(Liberty)と『〜化する』『〜にする』という意味の接尾語(-ize)を組み合わせた造語です。このブログでは、進化した自由人であるLibertarist(リバタリスト)になるためのメソッドをお伝えしていきます。

無我を体験する。いのちを体感する

前回記事で、目覚めた後、変わったのは
『現実の認識』『心の動き』だと書きました。


前回記事 目覚めると何が変わるのか


今回は、その『心の動き』のお話です。



『瞑想状態で生きる』というニュアンス
になると書きましたが、これは、


『覚醒』『悟り』といったこと、
スピリチュアルに興味のある方にとっては、
恐らく最も知りたいことの一つでもある、

『自我をなくすこと』、つまり
『無我』という状態にも関わることです。



この辺りは、結構誤解されている
ことも多いように感じます。


僕自身も、もともと『瞑想』というものが
よくわかっていなくて、『得意じゃない』
とずっと思っていました。


小学校の頃、剣道を習っていて、
その練習の締めでよく『黙想』
いうのをやらされていましたが、

あんまりよくわからないまま
目を閉じてるだけ、というかんじでしたね。


The Secretに出会って自己啓発や成功哲学に
傾倒し始めたのが、2009年の春のことです。



もともと、スピリチュアルというか、
オカルトなもの、宗教くさいものには
抵抗があったので、

『スピリチュアル』という言葉よりも
『潜在意識』とか『深層意識』という
言葉の方を好んで使っていました。


ですが、勉強していくうちに、

最先端科学に携わる物理学者、医師、
その他の科学者といった、いわゆる
『左脳系』の人たちの間でも

『スピリチュアル』が市民権を得ていること
(無宗教国家の日本ではそうでもないですが)

がわかり、あらためてスピリチュアルと
いうものを左脳的にとらえだしてみたのです。



同じような経緯から、『瞑想』という
ものの合理性にも注目し始めました。


日本には『禅』というものもあるので、
『瞑想』というと、どうしても高尚で
なんだか難しいもの、というイメージが
あるかもしれません。


個人的体験なので、最初のうちは

『ほんとにコレであってるのかな?』

って不安にもなりますし、



慣れてきても、

『覚醒してる人の瞑想はこんなもんじゃないはずだ』

と、自分で勝手に、届かない幻想の
イメージを創り出してしまいがちです。


僕も、正式に瞑想の指導などを
受けたこともなかったのでそうでした。



何に関しても同じですが、しっかりした
コーチ、メンターを見つけて指導してもらう
というのが一番理に適ったやり方だと思いますね。


僕が『お金で幸せも買える』と思うのは、
こういうスピリチュアルな方面でも、
きちんと対価に見合ったものを提供して
くれる人が、世にたくさんいるからです。


お金に対するブロックが解消できれば、
この世界で経験したいことのほとんどが、
お金という豊かさのエネルギーで解決できるのです。



ちょっと脱線しちゃいましたね。



目覚める前の僕にとって、『瞑想』とは
クリアリングメソッドの一つでした。


15~20分ほど静かに瞑想すると、頭の中が
スッキリして気分も落ち着きます。

その後に取り組むことの能率も大きく上がります。



クリアリングメソッドとは、
自分の感情を鎮めたり、コントロール
するためのテクニックです。



有名なのはホ・オポノポノとか、
セドナメソッドなどですね。

僕が勉強した本をいくつか紹介しておきます。


ホ・オポノポノ



セドナメソッド



The Key



できる人の3秒ルール





カルマの燃焼が始まった時期は、
とにかく感情のジェットコースター
に乗っているようなもので、常に
何かしらのクリアリングメソッドに
すがっていました。


敬虔な宗教信者が念仏やお経を唱えたり、
お祈りを捧げるのと同じですね。


個人的には、『The Key』に載っていた
メソッドの一つ、感情の中に飛び込んでみる
というのが、カルマを燃え尽きさせる
のに一番近い方法だったように感じています。


まあ、これは人によって相性など
もあることだと思いますが。


いろいろと手法を勉強して、自分に合った、
つまり、自分の自我のクセに合った方法を
見つけるのがいいと思います。


『自我の個人差』というものこそが、
この世界に多様性や変化をもたらす
素晴らしい『贈り物』なので、

自分に合うものを楽しみながら
探していくのがいいんじゃないでしょうか。



改めて『瞑想』の話に戻ります。


『瞑想』とは、現実逃避や、現実から
離れるために行うものではありません。



『目覚めた人は一日のほとんどを瞑想状態で過ごす』


ということが言われますが、一般的に
とらえられている『瞑想』のイメージ
で考えると、覚醒者が、


『目覚め』てるのにいつも目を閉じて
眠ってるように見えるヘンな人



になっちゃいます。



スピリチュアルとは、知識や形式ではなく、
『生き方』
だということです。


現実を離れて精神世界にひたる、

というのはナンセンスです。


『現実』と『スピリチュアル』
の間に境界はない
のです。

習慣として日常生活に溶け込んでこその
スピリチュアル、ということですね。



『瞑想』とはむしろ、

『現実をあるがままに認識すること』

に近づくプロセスだと言えます。



簡単に言えば、起きている間で、

自己(セルフ:全体性としての自分)

の存在に気づいている状態こそが、
『瞑想』だと言えます。


もちろん、とらえ方はいろいろありますし、
言葉の定義も人それぞれです。



僕自身の解釈だと思ってください。


そういう意味でいうと、僕自身も
『覚醒』を自覚して以来、

『自己に気づいている』というのが、
一日を通してどんどん普通の状態に
なってきています。



前回記事で語った『現実の認識』
というのが、目が覚めたときに
見える光景だとすると、


このブログや書籍、人の話などで
そういう情報に出会うのは、

『夢の中でこれは夢だと気づく』

ということ。



臨死体験や瞑想によって一瞬だけ
そういう光景が見えるのは、

『一瞬目が覚めた状態』

というわけです。



人によっては、そこで『二度寝』
入ってしまうわけですが、上記の
ようなことが起こった時点で、

『眠り』は浅くなっているので、
確実に『目覚め』に近づいていると
言えるのではないでしょうか。


『目覚め』た後の世界に、意識して
フォーカスを向けていればなおさらです。



僕自身が『目覚め』たばかりのときは、
夢うつつで、夢と現実の間をうろうろ
していました。


つまり、自分が『気づいた』こと、

それが本当なのかわからなくて、
確信が育つのにある程度の時間を
要したということです。



プロフィールにある、目覚める過程で
書いた記事は、ちょうどそういう状態の
ときに書き綴っていたものですね。


この辺りも個人差があって、
まあ要は、普段の睡眠と同じで、

寝覚めのいい人と悪い人がいる

ということではないでしょうか。



ここまで書いてきた『自己に気づく』
という状態が、まさに『無我』ということです。


『無我』をイメージしたければ、
たとえば、自分がいま、生まれたばかりの
赤ん坊としてここに存在している、と
考えてみることです。


もしくは、犬でも魚でも鳥でも虫でも、
人間ではない何か別の『いのち』として、


つまり、『自我』をもたない存在として
『いまここ』にいる
と考えてみるのです。



あなたの目の前にはどんな世界(現実)
が認識されているでしょう?


このブログの文字は直線と曲線を
組み合わせた単なる模様に見えるでしょう。


見慣れた部屋にあるものも、まったく
別のものに見えてくるはずです。


耳に聞こえる誰かの声も、単なる
意味のない音の集まりでしかありません。



そういう『純粋ないのち』を疑似体験
してみたときに、そぎ落とされるもの、


常識・観念・人間関係・その他の様々な思考


そういったものすべては、世界の在り方には
一切関係なく、あなたの自我が勝手に創り
出している幻想のフィルターだということです。


その幻想のフィルターを外すことが
『無我』を体験する、ということです。


目を閉じて『瞑想』する際に、そういう
『疑似体験』をイメージしてみるのも
いいかもしれませんね。



『無我』に関する誤解もあって、これは、

誰しもが経験しているのに、忘れている、
いや、忘れているというほどでもなく、
『気づいていない』だけのことだったりします。


そう、あなたは、実はもうすでに
『無我』を体験しているのです。

それも結構な頻度で日常的に。


『覚醒』『目覚め』とは

どこかにたどり着くこと

ではなく、

すでにある当たり前に気づくこと

なのです。


次回はその辺りのことを語ります。




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コメント

1. 『純粋ないのちの疑似体験』ってわかりやすいです

花や木をただひたすら見続けることを
よくやるのですが、
同じですよね。

とてもわかりやすい左脳の翻訳
ありがとうございます。

生まれたときの自分に
戻ればいいだけなんですよね。

すぐに今の自我の自分にもどってしまうので
ひたすら繰り返しています(笑)

URL | イサリ #79D/WHSg
2011/08/27 08:50 * edit *

2. Re:『純粋ないのちの疑似体験』ってわかりやすいです

>イサリさん
コメントありがとうございます^-^

気づいたら意識を向けて『目覚めた状態』に
慣らす、というのがポイントなのかな~と思います。

目覚めの体操みたいなものでしょうか(笑)。

手塚治虫のブッダにも、小鳥の一生を疑似体験
するってシーンがあったのを思い出しました。

URL | Yoshi@左脳系スピリチュアリスト #79D/WHSg
2011/08/27 10:16 * edit *

3. 無題

こんばんわぁ★
ペタありがとうございます(*^^*)

私も高校生の時に、授業が始まる前に
必ず『瞑目』というのがありました☆
目を閉じて平常心に戻る意味で、切り替えが
出来やすくなるのですが、
周りからすれば学校でそんなことをするのは
珍しかったらしいのですが、
今考えると凄くいいことだったんだなぁ☆って思います(*´σー`)

ブログを読ませて貰って、かなり
納得できました★

URL | ☆chisato☆ #79D/WHSg
2011/08/27 20:52 * edit *

4. Re:無題

>☆chisato☆さん
コメントをどうもありがとうございます^-^

高校でとてもいいことを教わったんですね!
瞑想って宗教色もそんなにないし、メンタルを
整えるのに本当に有効ですよね。

どんどん広まるといいな、と思いますね。

URL | Yoshi@左脳系スピリチュアリスト #79D/WHSg
2011/08/28 00:02 * edit *

5. こんにちは^^

最近

当たり前は認識できない

という言葉が自分の中でとてもキーワードになっていて

ここで
すでにある当たり前に気づく

という言葉が出てきたので

ちょっとびっくりしました^^;


当たり前の大事さやそれこそが愛ということを
身にしみて感じている今日この頃なんです^^



URL | カラーとアートをツールに自分探しのお手伝い☆harumi #79D/WHSg
2011/11/26 16:59 * edit *

6. Re:こんにちは^^

>カラーとアートをツールに自分探しのお手伝い☆harumiさん
コメントどうもありがとうございます^-^

きっとharumiさんがこのメッセージを
『引き寄せた』んでしょうね♪

『当たり前』を認識できるようになると、
ホントに世の中が変わって見えますよね^-^

URL | YoShi@左脳系スピリチュアリスト #79D/WHSg
2011/11/26 17:25 * edit *
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