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Libertyze (リバタイズ) 〜進化した自己啓発メソッド〜

ブログタイトルの”Libertyze”(リバタイズ)とは、自由(Liberty)と『〜化する』『〜にする』という意味の接尾語(-ize)を組み合わせた造語です。このブログでは、進化した自由人であるLibertarist(リバタリスト)になるためのメソッドをお伝えしていきます。

幸せのカタチ

 先日更新した記事に、興味深い意見を頂きました。

同じように感じた方もいると思ったので、
そのご意見と僕の考えをシェアすることにします。


参考記事:おとぎ話のワナ


頂いたご意見を要約すると、

『今回の記事に、少し違和感を覚えました。

 自分は幸せだとか豊かだとか、本人が
 そう思っているのであれば、それで
 良いのではないでしょうか??』



といった内容です。


僕も、このように感じる方も多いだろうと思いつつ、
あえて、ちょっとキツめの表現で書いたところもあります。


なぜなら、僕自身が現実で接する人たちを見ていて、
違和感を覚えていた部分だからです。


以前は、僕も同じように考えていた時期がありました。

人生においては、本人の感じ方がすべてであり、
現実がどうあったとしても、本人が幸福を
感じているのなら、それでいいのではないか?

という考えです。



ただ、そうなると、現世で、生活の向上を
求めて努力することが、むなしいものに
なってしまいます。


ユダヤ人心理学者のビクター・フランクルは、
ナチスの収容所内の絶望的な状況の中でも、
『希望』を失うことのなかった偉大な人物ですが、

彼の人生に生まれた『価値』は、その『希望』
まったく違う現実を創りあげたところにあると思います。


極端な話、彼がいくら心の平安を見つけても、

収容所内の暮らしに安住して、自らの経験を
後進の者たちに語る、という彼自身の『夢』
を実現しなかったとしたら、

彼の生み出した『価値』は決して、人類共通の
『遺産』とはなり得なかった
ワケです。



『本人の感じ方』だけをすべてと考えてしまえば、
そういうことにもなってしまうワケです。


僕は、スピリチュアルを追究していく中で、
こういう風潮、スピリチュアル至上主義、
精神世界至上主義
ともいうべき考え方に、

常に心のどこかに違和感を感じていたんです。



今は、自分の中で明確に答えが出ています。


これはつまり、『空観』思想と
『中観』思想の違いでもあるんです。


『空観』とは、悟りの第一段階を体験した人が
陥りがちな、本人の感じ方だけがすべて、
現世的なものはすべて『幻想』に過ぎない、

という、ある意味、危険思想ともとれる考えです。


この考えにとらわれると、厭世的で、
俗世間から距離を置く生き方になってしまいます。


現世的なものに意味がないのなら、人はなぜ、
肉体を得て、現世に生まれてくるのでしょうか??



その答えとなるのが、『中観』思想です。

これは、カンタンに言えば、心と現実が両立する、
ということです。


心と現実は表裏一体のもので、
分けて考えること自体がナンセンスなんです。



本人の感じ方、という部分にも注意が必要です。


僕は、人生を点ではなく線でとらえています。


今現在、その人が現状に不満を持っておらず、

そこそこの幸福感に包まれて、満足して生きている
としても、人生を俯瞰し、その人の未来にまで
視界を広げてみれば、どう映るのでしょう??


『いまここ』を一生懸命に生きるのと、
『刹那的に生きる(今さえよければいい)』

のとは、似ているようで大きく違います。


『今(現在)が幸せ』だというのと、
『いま、幸せである』というのは別物なんです。


本人が、いくら現状の生活に大きな不満がないからと、
そこに『安住』してしまうと、未来を変えるための
行動をとらなくなってしまいます。


今、不満がないんだから、無理して行動しなくても
いいんじゃないか、
と考えてしまうということです。


これは、人の心のしくみ的に避けられないことです。


潜在意識の現状維持メカニズムや、
ホメオスタシス(恒常性)という言葉でも
説明することができます。


人は、本質的に、負荷のない状態を
維持しようとしてしまう生き物
なんです。


ただ、人生に変化を起こすためには、
『負荷』を自ら望んで選択する必要があります。



現実から目をそらして、この世界が本質的に
変化し続けるものだということを観ぬふりし、

幸せだと思い込もうとする人は、未来を
しっかりと見据えていないのです。


人の心というものが、現実の環境や状況に
たやすく影響を受ける、非常に移ろいやすい
ものだということをわかっていないんです。


想像力が不足しているとも言えます。



現在、中流的な暮らしをしている人たちの
多くは、未来に対しての想像力が欠けている、

と僕は観ています。



今、感じている幸せは、もし、勤めている会社が
倒産したり、突然のリストラを勧告されたり、

日本が経済破綻して、銀行の預金封鎖が起こったり、
突然、戦争に巻き込まれたり、突発的な災害に
巻き込まれてしまったり、


自分や身の回りの大切な人が、理不尽な事故に
遭ったりしても、その『幸せ』が無くならないと、
心から信じられるのでしょうか??


将来的に、外国人労働者が流入してきて、
生きるための能力がないと、さらに格差社会の
煽りを受けるということがわかっていても、

自分の子どもに、自分自身を成長させる努力
をがんばらなくて、好きなことだけ
やってればそれでいいよ、

なんて声をかけるでしょうか??



今が幸せなら、『未来の幸せ』のために、
何の努力もしなくてもいい、
なんてことは、

僕は言うことはできません。


無粋なことを言ってでも、その言葉によって、
認識を改める人が出る可能性があるのなら、

僕はそういう発言を続けようと思ってます。



『幸せ』というのは現状への満足ではなく、
望む未来を創るために、具体的な行動を通して、
自ら変化し続けること
で得られるものだと思ってます。


なので、慎ましく、ささやかな暮らしをしているなら、

そこに安住することではなく、そこから、

より豊かな生活を求めて、行動し、学ぶことこそが、
本当の意味での『幸せ』だと言えるんです。


『幸せ』というものが、単に現状への満足
いう意味になるなら、それは、現状に変化が
起これば、たやすく失ってしまうものになります。


でも、『幸せ』を、自分の人生の責任を引き受けること
だと考えたなら、それは、誰によっても、何が起こっても、
決して奪われることのないものになるんです。


だから、『幸せ』という言葉を考えるとき、
現在だけではなく、過去も現在も未来も、
人生を俯瞰した上で、とらえる必要がある、

ということですね。


カンタンにまとめるなら、過去に経験してきた
ことを生かして、より良い未来を創るために、
目の前の現実に対して誠実に向き合うこと、


それが『幸せ』だと僕は考えてます^ー^




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