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Libertyze (リバタイズ) 〜進化した自己啓発メソッド〜

ブログタイトルの”Libertyze”(リバタイズ)とは、自由(Liberty)と『〜化する』『〜にする』という意味の接尾語(-ize)を組み合わせた造語です。このブログでは、進化した自由人であるLibertarist(リバタリスト)になるためのメソッドをお伝えしていきます。

サッカーと宗教と人脈とステージと

【サトリ通信】より抜粋
(【サトリ通信】は僕のメール講座受講生だけに配信されます)
 
先週末は関西出張に行ってましたが、
東京に帰ってきてから、予定的には
多少落ち着いた日々が始まりそうです。
 
 
ってか、仕事を詰め込まないように
してるだけで、プライベートな予定は
結構いろいろと入れてるんですけどね。
 
 
これを書くとリア充自慢になっちゃうので、
ちょっと気が引けるとこもあるんですが、
 
最近、ホント、充実してます(笑)
 
 
 
好きなことを好きにやりながら、
仕事も順調に成果も出て進んでるし、
人間関係も良好で、まさに手前ミソですが、
 
進化型の自由人:リバタリストとしての
在り方を体現できてるんじゃないか、と。
 
 
 
Facebookにも書いたんですが、
サッカーのW杯の観戦とか、
 
少し前に和佐さんがおススメしてた
ガンダムUCを観るために、
 
Blu-rayとDVDと地デジが観れる、
携帯型プレイヤーを購入しちゃいました。
 
 
僕の家には、自宅セミナー用に
プロジェクタとかホワイトボードを
置いてるので、つなげばちょっとした
ホームシアターっぽくなります。
 
 
Facebookの個人アカウントの方に写真とかも上げてます。
https://www.facebook.com/yoshinobu.kanayama/posts/640767649336987
 
(Facebookは、濃い関係の方中心につながるつもり
 なので、まずはフォローからお願いします)
 
 
 
僕はW杯のときだけ濃いサッカーファンになるんですが、
W杯を観始めたのは、大学の研究室時代の1998年、
フランス大会からでした。
 
 
その後、2002年の日韓共同開催、
2006年のドイツ、2010年の南アフリカと、
 
会社員時代に時間を融通してテレビ観戦
していたのが、記憶に懐かしいですね。
 
 
2010年は、W杯が終わってちょっと後
くらいにカルマの燃焼とかも始まったので、
いろいろと記憶が結びついて感慨深いです(笑)
 
 
 
サッカーと言えば、僕は元イングランド代表の
ベッカム選手と同い年(学年が同じ、早生まれなので
年齢的には僕の方が一個下)です。
 
 
ちなみに、ベッカム選手は、サッカー選手としては、
世界一稼ぎがいい人物だったりします。
 
推定年収は4,370万ドル。
約40〜45億円ってとこですね。
 
 
もちろん、純粋な年棒としての収入じゃなく、
ファッションやブランド、広告など、
ビジネス的な収入を総合した数字です。
 
 
これもちなみに、ですが、
僕が愛用してる香水の一つは、
彼のブランドのものだったりします(笑)
 
 
 
彼は、母方の祖父がユダヤ人で、
ユダヤ系の教育の影響を受けて
育った、ってところが興味深いですね。
 
 
やっぱりユダヤ人はお金稼ぎがうまい(笑)
 
 
 
僕は元々、宗教なんてものに対して、
どちらかというと懐疑的に見る人間でしたが、
 
引き寄せの法則に出会って、スピリチュアルに
傾倒していく中で、いろんな宗教の本質に
目を向けるようになりました。
 
 
宗教ってのは要は、
自分を信じるための心のシステムであり、
 
教義の違いによって、人生で何を大切にするか、
という『価値観』『哲学』の違いが生まれます。
 
 
 
数ある宗教の中でも、ユダヤ教ってのは、
現世利益、って観点で言うと、群を抜く、
 
優れた体系(教育システム)をもってます。
 
 
 
僕の中では、『真理』というものに、
一番近いところにあるのは、初期仏教、中観仏教
(日本に現存する葬式仏教とは別モノ)
 
だと思ってますが、
 
ユダヤ教とか、プロテスタント
(英・米に多い)は、自己啓発とか、
 
成功哲学的な意味で考えると、
非常に優れた体系をもった宗教です。
 
 
イギリスが19世紀に大英帝国を築いて
帝国主義の中心となって世界を席巻した
背景には、ユダヤやプロテスタントの力があるし、
 
現代のアメリカの隆盛の背景にも、
ユダヤ財閥やWASP(White Anglo-Saxon Protestant)
系の力がわかりやすく顕れてます。
 
 
最近で言うと、宗教ではないですが、
華僑とか印僑系の処世術、成功哲学にも
光が当たってきつつありますね。
 
 
 
日本は無宗教国家なので、こういう
宗教の本質というものに触れたり、
 
そのことについて真剣に考える
機会が少ないのは勿体ないな〜、って思います。
 
 
日本人の一般的な認識から言うと、
宗教をもってる人ってのは、
 
科学で証明できないような
迷信まがいのことを信じる人、

 
みたいにとらえられてる気もします。
 
 
 
でも、現実をありのままに観れば、
世界の70億の人口の中で、何らかの
宗教をもつ人の方が多数派(マジョリティ)だし、
 
宗教によって人生を豊かにする人の存在を
無視できるはずもなく、また、歴史や過去の
偉人たちの生き方に学ぶ、という観点で考えても、
 
宗教というものの本質の理解は、
避けて通れないテーマだと思ってます。
 
 
明治時代には、渋沢栄一が、
古今東西の宗教を研究して、
 
それぞれのいいとこ取りを目指した、
『帰一協会』というものを設立して、
 
日本ならではの宗教理解というものを
推し進めようとしていたようですが、
『論語と算盤』を読んでみてください)
 
時の流れの中で、その系譜は消失してしまって、
現代には残っていないみたいですね。
 
 
 
さて、宗教談義からサッカーに話題を戻すと、
僕がサッカーを観てワクワクするのは、
 
もちろん、スポーツ競技としてのサッカーの
魅力にハマってる、ってのもあります。
『ファンタジスタ』ってマンガがおススメです)
 
 
一流のプレイをするだけでなく、
観る人を魅了するような、想像性に溢れる
プレイをする選手のことを、ファンタジスタ、
 
と呼びますが、サッカーの試合を観ていると、
(他のスポーツでも、なんでしょうけど)
 
ホントに、未来を読んでいないと
あり得ないようなプレイ、
 
お互いの脳みそがつながって、
意識がリンクしてるのか?
 
と思えるようなプレイが飛び出すのが、
たまらなく感動や興奮を呼び起こします。
 
 
また、一流の選手たちの背景の
ストーリーにもいろいろと
想像が湧き立てられます。
 
 
貧しいイタリア系アルゼンチン人の
家庭に育ったリオネル・メッシが、
 
スペインリーグの名門クラブ、FCバルセロナ
の入団テストで才能を見出だされ、
 
そこから始まったサクセスストーリーとか、
 
 
上にも書いたベッカムがユダヤ系、
ドイツのエジルとかフランスのジダンが、
イスラム系の移民だって背景の話とか、
 
いろいろと興味が尽きないですね〜。
 
 
 
サッカーにハマり始めた会社員時代に、
引き寄せの法則とかを知って以来、
 
僕の中でちょっとした目標とかもあって、
 
 
それは、メッシとかベッカムとか、
ウルグアイ代表で前回南アフリカ大会で
MVPをとったフォルラン選手とかとは、
 
いずれ、プライベートな友だちに
なりたいな〜、ってか、
 
なるつもりでいてたりします。
 
 
現時点ではホントに単なる妄想ですが(笑)
 
 
 
他にも、オバマ大統領とか、
日本人で言うと苫米地英人博士とかも、
 
僕の人生の中で、いろいろと有益な
ビジョンをもたらしてくれた人たちなので、
 
将来のどこかで、個人的なお付き合いができる
ような関係を築こう、って思ってます。
 
 
この辺、僕なりの『関わりのデザイン』にも
つながる人脈構築術にもつながるんですが。
 
 
ただ単に会いたい、ってのとも違います。
 
 
今の僕が彼らに会いに行っても、
対等な関係を構築できるような
ステージにはいないので、
 
だから、現時点で誰かが、
 
『彼らに会わせてあげますよ』
 
なんて言っても、心は動きません。
 
 
人とのご縁って、
 
・どういう状況の中で
・どういう人からの紹介で
・そのとき、自分は相手に何のメリットが与えられる人間なのか?

 
ってことをきちんと吟味した上で、
意図的につながっていかないと
ダメだって思ってます。
 
 
 
なので、今の僕は、会社員時代に比べると
随分とステージも上がって、自由に
生きられるようにはなったとは言え、
 
僕の中の『基準』からすると、
まだまだだな〜、って思うので、
 
日々、『自分磨き』に精進してるワケです。
 
 
 
この辺って、セルフイメージにもつながるし、
自分の在り方、どういう行動を選ぶか、
 
ってことにも関わりますよね。
 
 
ネットを活用して、ちょっと
小銭が稼げたからと言って、
 
高級マンションに住んで高級車を乗り回し、
お金のかかる女の人たちをはべらして、
 
品のない行動をとって、
自分のセルフイメージを下げる、
 
なんてことはあり得ないし、
 
 
メッシやフォルランと会って、
にこやかに握手するときに、
相手に引け目を感じるような方法で、
 
お金を稼いだり、自分のステージを
水増しして上げるような経験を
自分の人生の中に入れる、
 
なんてこともあり得ないワケです。
 
 
 
僕の場合は自分が憧れる、
会いたい人、ってイメージで観てますが、
 
こういうのって反対に、
自分の後輩となる人たち、
 
大切な子どもや教え子たちに恥ずかしくない
生き方をする、ってイメージでもイイと思いますね。
 
 
そういう『健全な誇り』みたいなものが、
その人の人生を輝かせる種になるんだろうな、
 
って思ってます。
 
 
 
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哲学はなぜ間違うのか?
2014/06/14 21:42
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