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- 2011/12/09 感情の正体を解き明かす
感情の正体を解き明かす
2011/12/09 Fri. 21:34:03 edit
たまたま目について覗いてみたブログでも、
このブログの記事に書いて頂く
コメントを読んでも、Twitterや
Facebook、mixiでのやりとりを通しても、
『気づき』や『学び』を促進するような、
僕が見たい情報
ばかりが目に飛び込んできます。
以前なら『シンクロニシティ』と
呼んでましたが、
これは、世界の中で特別なことが
起こっているわけではなく、
自分の中の『認識パターン』、
言い方を変えると『記憶のプログラム』、
が書き換わったために、世界の中で
当たり前に起こっていることを、
僕自身が認識できるようになった、
ということなんだと思います。
まあ、何が言いたいかというと、『気づき』
が起こりすぎて、記事ネタが貯まっちゃってる
(今回のネタを入れると4つ)ので、
きっと今回の記事も長くなっちゃう、
ってことですね。。。
僕のアウトプット症候群も重症です。
さて、前回記事に頂いた、
直感や気づきを伝えるメッセンジャーさん
からのコメントとのやりとりからの気づきです。
前回記事:愛するということ
『感情』というものに関しては、
以前、書いた、
これからの「感情」の話をしよう
という記事でも語りましたが、
今ではもう少し考えが整理されています。
人が受け取る基本的(一次的)な感情は、
『快』『不快』
の二種類になります。
ですが、これは、二種類の別々の感情
が存在するというのではなく、
前回記事でも語った、この宇宙の
基本法則である『調和(愛)』に対して、
自我が取る『反応』が二種類と
いうことを示します。
それが
『許容(快)』と『抵抗(不快)』
です。
自我というものは、本来、無限に
広がっている『意識』の中に、
個人的経験で蓄積された『記憶情報』
が執着し、『個別性(アイデンティティ)』
を確立することで生まれます。
PCでいえば、ハードディスク上に
書き込まれたプログラムが、
『自我』ということになります。
プログラムとは『認識パターン』、
外部から入力されたデータに対し、
固有の規則性(ルール)を持って反応し、
アウトプットするという機能を持ちます。
『自我』というプログラムには、
『個別性を維持する』、という
基本命令(欲求)が盛り込まれています。
そのため、無限に広がる全体意識、
集合意識と、自らを分離するために
『壁』を創りだします。
そして、同時に『壁』をつくって
分離するために『分離不安』という
根源的な『苦しみ(不快)』も生み出してしまう、
そういう矛盾をはらんだ存在なのです。
人間が生きていく中で、『経験』から
膨大なデータがインプットされます。
そのデータに対して、反応を決めるのが、
『自我』という認識パターン(プログラム)です。
ある人は、『人との会話』という経験で
インプットされるデータに対し、
『抵抗』という反応をする
プログラムをもっています。
こういう人は、人と会話することで
『分離不安』を自分で生み出してしまい、
大きなストレス、苦しみを感じます。
逆に、『人との会話』から得られる
データに、『許容』という反応をする
プログラムを持つ人もいます。
そういう人は、人と会話することで、
『調和(愛)』の感情を受け取ります。
大元の感情は、
『調和(愛)』(快)か、それに抵抗する
『分離不安』(不快)の二種類ですが、
その一次感情自体をインプットデータとして、
プログラム(認識パターン)は、
さらにそれを加工して思考や、
二次的な感情を創りだします。
普段暮らしていて、表層意識で認識する
思考や感情というものは、すべて、
自我というプログラムが『反応』した
結果の『アウトプット』なのです。
『感情』も自分自身が創りだしている、
そして前回記事で語った、
調和(愛)の感覚をどれだけ受けとる
のかも、自分で決めている、
というのはそういう意味になります。
たとえば、攻撃的、批判的な人
を見たとき、感情的に反発せずに、
『かわいそうな人だ』
と感じる人がいます。
これもプログラムによる反応の結果です。
さらに、その『かわいそう』のニュアンスも、
相手を見下していたり、
『ああはなりたくないな』
というような、自分自身が
『分離不安』から抜け出せていない、
わかっているようでわかっていない、
非常に惜しい段階にいる人もいれば、
相手の背後に、分離不安におびえる
幼児の姿を透かし見て、
『ああ、かわいそうに』
と、愛おしく思う気持ちを生み出す人もいます。
これも、プログラムによる反応です。
ポイントは、自分が生み出している
反応(思考や感情)が、
調和(愛)、つまり、すべてを許し、
認め、受け容れる感情から来ているのか
ということです。
すべての人は、幼少期に形づくられた
『幼い記憶』のもつ認識パターン
(プログラム)を、自我のコアに
持っています。
そして、それが、
どんな経験をするか
(インプットされるデータ)
に対して、
どう受けとめるか
(どれだけ愛を許容するか)
どう反応するか
(どういう思考・感情を生むか)
どう行動するか
どういう現実を創りだすか
(どういうことを経験するか)
ということを決めているのです。
これは、単に感情だけの話ではなく、
人の人生というものの、根本的な
部分のお話になります。
僕がメールコーチングで語ってきた
ことも、すべて絡めて説明できます。
自分の軸を知る、というのは、
自我のプログラムの質を知るということ。
どういうインプットデータに対し、
『愛の許容』という反応を
するのかを知ること、です。
習慣を変えることは、
外部(経験)からの
プログラムの書き換えです。
メンタルブロックの解除というのも、
『愛への抵抗』という反応が、
どういうときに生まれるのかを知り、
プログラムを書き換えることにあたります。
知識を入れることがブロックの解除
につながると語りましたが、
それは、新しいプログラムを
インストールするということです。
少し無機質的なお話になりましたが、
こういう構造を『左脳的』『理性的』
に理解しておくことは大切です。
実際に、NLP(神経言語プログラミング)
という実践心理学は、こういうアプローチ
によって、多くの人の人生を変えているのです。
これからは、スピリチュアルな分野でも、
盲目的な信仰ではなく、理性的な理解
へと向かうべき時代だと思っています。
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